本の感想「きのね」宮尾登美子の小説 女中から妻へ 11代目市川團十郎と千代がモデル

本のこと

こんにんちは。

40代独女のMOMOです。(プロフィールはこちら)

* * * * *

宮尾登美子さんの小説「きのね」のご紹介です。

「きのね」は歌舞伎界の名跡、11代目市川團十郎とその妻・千代をモデルにした小説です。

こちらが11代目・市川團十郎さん↓

11代目代目市川團十郎は現在の13代目市川團十郎さんの祖父にあたる方です

大きくキリリとした目元が似ていますね

妻・千代さんはもとは11代目市川團十郎に仕える女中でした。

伝統や格式を重んじる歌舞伎界で二人の結婚は、当時はスキャンダルとして当時は騒がれたそうです。

そんな2人をモデルにした小説「きのね」のご紹介と感想です。

きのね

タイトル きのね-柝の音』(1988年より朝日新聞で連載開始)
著  者  宮尾 登美子(みやお とみこ)
出 版 社  新潮文庫
発 行 日  1999年4月1日

※こちらの記事は可能な限りネタバレしないように書いています。

著者紹介

宮尾 登美子さんてどんな人?

  • 1926(大正15)年、高知県生まれ。芸妓紹介業(女衒)を営む岸田猛吾と愛人の子として生まれる(実母は女義太夫)
  • 17才で結婚、夫と共に満州へ渡り、敗戦。辛苦を経て1946(昭和21)年に帰郷。帰京後肺結核を患い、死を覚悟したことを機に文筆活動をスタートさせる
  • 離婚と再婚を経て、1972年、それまで劣等感を感じていた生家の稼業を描いた『櫂』を自費出版、1973年同作で太宰治賞を受賞する
  • 2014(平成26)年、老衰のため東京都狛江市の自宅で死去。88歳没
和服姿が美しい、宮尾登美子さん

ご自身の人生そのものが、小説のようにドラマティックな宮尾登美子さん

『櫂(かい)』でブレイクした後も、超人気作家となり数々の名作を残されました

作品紹介

実在したモデルたち

「きのね」は歌舞伎界の名跡、11代目市川團十郎とその妻・千代をモデルにした小説です。

登場人物とその実在のモデル

  • 主人公・光乃…11代目松川玄十郎の妻・千代がモデル
  • 11代目松川玄十郎(雪雄)…11代目市川團十郎がモデル
  • 7代目竹元宗四郎(雪雄の実父)…7代目松本幸四郎がモデル

↓11代目市川團十郎さん(現・13第目市川團十郎の実祖父)

↓7代目松本幸四郎さん(女優の松たか子さんの曾祖父で11代目市川團十郎の実父)

11代目市川團十郎は、7代目松本幸四郎の長男として生まれましたが、歌舞伎界の名門・成田屋の跡継ぐため市川(堀越)家に養子入りしています

※千代さん(光乃のモデル)のお姿はこちらの動画の4分16秒~拝見できます。

この他にも小説「きのね」の登場人物は、実在した歌舞伎界を取り巻く人々がモデルになっています

あらすじ

「きのね(柝の音)」とは、歌舞伎で見栄を切るときや、開演を告げるときに打ち鳴らされる、拍子木の音のこと。

「お光はこの頃、よく芝居をのぞきに行くんだってね」

「はい、ときどき観させて頂いております」

「どんな芝居が好きなんだい。いってごらん」

「私が芝居に出かけていって、何より彼よりもいっとうすきなものは、きのねでございます。芝居の始まる前の、あの音を聞くと身がひき緊まります。天からの合図のようでございます」

きのね上巻「主従」より

~ ~ ~ ~ ~ ~

女学校を卒業した主人公・光乃は上野の口入れ屋(職業紹介所)を訪れます。

そこで紹介されたのが役者の家、菊間家での女中奉公の仕事でした。

やがて光乃は菊間家の長男・雪雄(のちの11代目松川玄十郎)に魅かれ、恋心を抱くようになります。

紆余曲折を経て、女中から当代随一の人気役者、11代目松川玄十郎の妻となった光乃。

が、シンデレラストーリーかと言えば、決してそうではありませんでした。

神経質で癇癪持ち、容姿には恵まれたものの不器用で遅咲きの役者だった雪雄。

外柔内剛の雪雄は家では、いわゆるDV夫でした。

雪雄との最初の子供(のちの十12代目市川團十郎)を身ごもった光乃ですが、

誰にも相談できないまま、独りでトイレで出産します。

身分違いの結婚が許され正式な妻となるまで、光乃は雪雄とのあいだに2人の子供を設けながらも、

世間にその存在を公表されないまま雪雄を支え続けます。

献身的に夫・雪雄に尽くし、暴力や理不尽に耐え、2人の子供を生み育てた妻・光乃。

華やかな梨園の裏で、日陰に咲く花のように逞しく生きた女性の物語です。

感想

妻・光乃(千代さんがモデル)の献身ぶりがスゴすぎる

まずこの物語を読んだ率直な感想は…

光乃の雪雄への献身が想像を絶している」

18歳で菊間家に女中奉公にあがった光乃。

当初は仰ぎ見るだけで畏怖の念を感じた雪雄に、光乃は次第に恋心を抱くようになるのですが、女中時代も正式な妻となってからも、とにかく尽くします。

雪雄の最初の子(婚外子でのちに夭逝)を産んだ圭子の身の回りの世話を命じられたり、

チフスを患い生死をさまようユキオを献身的に支え、自らの血(輸血)も差し出したり…

もとは女中とはいえ、恋する男の愛人や妻の世話をし、暴力に耐え、自らの命を賭してでもユキオを支えようとする光乃の献身ぶりは常軌を逸しているといってもいいほど…

やがて強い絆で結ばれていく光乃と雪雄。

他人に理解できない深い愛のカタチがあるのだと感じさせられました。

じっと耐えながらも欲しいものを手に入れる“したたかさ”

雪雄の最初の正式な妻となった亮子は老舗料亭“満開楼”の1人娘。

何不自由なく育った亮子と雪雄の新所帯付きの女中になった光乃は、眠れない夜を過ごすようになります。

若夫婦の床を敷いて、階下の女中部屋で眠るとき、2階で眠る若夫婦が気になって仕方ありません。

身分違いだと承知しながらも、亮子に対する嫉妬を隠せないのです。

役者の家のしきたりや、神経質な雪雄の扱い方を知らないお嬢様育ちの亮子は、ことごとく雪雄の気に沿わないことばかりします。

新婚からほどなくして亮子は雪雄の過度の暴力をうけるようになり、それがもとで2人の結婚生活は早々に破綻します。

このとき、光乃はいくぶん雪雄の“取り扱い方”を心得ていながらも、それを決して新妻・亮子に教えてあげないのです。

たとえば…

タコが嫌いな雪雄に、いそいそとタコの酢の物を作って差しだそうとする亮子。

それは癇癪持ちの雪雄を怒らせることになると光乃は知りつつも、あえてそれを亮子に教えてあげません。

そんな自分の中の悪魔におびえつつも、結局は若夫婦の仲がうまくいかなくなるように導いていくのです。

いくら主人(雇い主)恋心を抱いているからといって、女中でありながら新妻の亮子に嫉妬する光乃って、実はメラメラとした野心を隠し持っている女性なのかも…

従順で無口だけれど、実は欲しいものは必ず手に入れる“したたかさ”を持っている光乃に、

耐え忍びながらもじっと獲物を捕らえるのを待つ、強さと逞しさを感じました。

著者・宮尾登美子の入念な取材

冒頭で述べたように「きのね」は11代目市川團十郎とその妻・千代がモデルです。

美男の誉れ高く、人気役者の11代目市川團十郎に寄り添う、地味過ぎる妻・千代の写真に衝撃を受けた宮尾登美子は、2人の物語を書かずにはいられなかったといいます。

宮尾登美子は千代がトイレで独りで生んだ長男(のちの十二代目市川団十郎)のへその緒を切った産婆を探し出し、本人に直接取材をしたそうです。

実在した産婆の話をもとに描かれた「聖母子」の章は、この物語のなかで強い存在感を放っています。

著者の入念な取材により紡がれた「きのね」は、フィクションとノンフィクションの境目が、読んでいるうちに曖昧になっていく感覚をおぼえます。

その境目を、読み手によっていかようにも線引きできることも、この作品の魅力のひとつかもしれません。

* * * * *

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おわりに

恥ずかしながら、今回はじめて宮尾登美子さんの作品を読みました。

「こんなに面白い小説、なんで今まで読まなかったんだろう」

読書をしていると、よくこんな思いに至ることがあります。

この宮尾登美子の「きのね」もそう感じた作品でした。

と、同時に過去の読書経験を振り返ってみると、そのときどきで自分にとって必要な本に巡り会えている気がします。

20代で読んだときはピンとこなかった本が、40代になって読んでみると

「あれ、この本、こんなに面白かったんだ!」

と、発見することってありませんか?

その本に出会って、魅力を感じたなら、それが自分にとって必要なタイミングだったのだと思うのです。

そんな出会いに感謝しながら、読書をする今日この頃です。

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